「おおきなふるどけい」 が、止まりました。

   
あれから 3年 経った

3年前 以前のブログに 書いた文章
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「おおきなふるどけい」 が、止まりました。

2012年1月29日(日曜)午後0時50分
「おおきなふるどけい」が、止まりました。

日本語訳の、100年には達しませんでしたが、
原詩の90年は、超えることができました。

4月21日に、92歳になる予定でしたが、
それは、クリアできませんでした。

前日、病院に見舞いに行きました。

「また、来るからね」 と言って手を振ったら、
目を開けて、父も、手を振ってくれました。

これが、最後のような気がしました。

翌日の、昼過ぎ病院から電話がかかってきました。

母を連れて、急いで病院へ行きました。

病室で、父はやすらかな顔で、眠っていました。
声をかけたら、目を覚まして、語りかけてくれそうな
寝顔でした。

本当に、やすらかな顔でした。

人は、死ぬと、あんなやすらかな顔になるんですね。

これで、もう、僕に負担をかけなくて済むので、
父も安心したのでしょう。

翌朝(今日)、 「その時」 がきたら、聴くことに決めていた、
あの人の 「おおきなふるどけい」 を、聴きました。

** さんの歌声を聴いたら、これまで、出なかった涙が、あふれ出ました。

市役所に、「死亡届」 を出して、少し前に帰ってきました。
明日、父は、灰になる予定です。


ありがとうございました。
          ** さんへ *********** より

 

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以上 3年前 以前のブログに 書いた文章








追記  27年1月29日

この人の みみっちくならず 

どこまでも まっすぐに伸びる 素直な 歌い方が 澄綺

♯歌詞 と  ♯メロディー を   
♯大切にした 歌い方が 素気

この人が ご自分の家族を 大切にしてるのをみると 嬉しくなる



認知症の進んだ母は 5分前の記憶も残りません
いや 1分前の記憶 すら 残りません

5年ぐらい前の 記憶はあるのに 1分前の 記憶は 残らない

『記銘力』 は 完全に失われても  まだ 『記憶力』 は 残っている

しかし

今では その 残っていた以前の記憶も どんどん失われていきます

5年ぐらい前の 記憶は 失われています

子供のころの 記憶は まだ 残っています

しかし やがては 友人の奥さんのお母さんのように 
自分の娘に 「あなたは どなたさんですか」

と 言われる日も いつか訪れるのだろうか 

父が 亡くなった記憶も 失われている

いつも 夕食の時

お父さんの 食事を食べさせたか と 私に聞きます 。。。。。



病気で この世から去る日が やがて訪れる で あろう
家族を 見送る 見届ける のも 辛い だろうけれど


だんだん 記憶を 共有できなくなっていく 家族を 見守るのも 。。。。。




連日のように 介護を巡る 悲しい報道を 耳にすると 。。。。。




どこまでも 孤独な夜は いつも あの人たちの 歌や演奏を聴いている

人の道を踏み外さずに 今日まで 生きてこられたのは

あの人たちの 歌や演奏や話声 の 御陰 だ
あの人たちの 本やブログなどに書かれた文章 の 御陰 だ










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すてきな 『あの人』 たち に 恵まれた 私は しあわせ だ






































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