雨が連れてきた ライアの音色

    
素朴さ は 限りのない 永遠の やさしさ

素朴な やさしさ に 勝てるものはない



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2年前 「ライア」 という 素朴で やさしい 音色の楽器に出会った

北海道で この楽器を つくってみえる方が
ご自分のホームページに
この楽器を ご自身で 演奏されている曲が 3曲 アップロードされていた

その 素朴で やさしい音色を また 聴きたくなったので
2年前 私の以前のブログに 掲載していた文章を 一部 加除修正して
復活することにします。



以下 24年4月14日に 掲載した文章です。
…………………………………………………………………………………………………………

あの「ライア」を見つけました。
24年4月11日_AM3:00 ごろの話です。

♪はーるの **屋は サラサラ ゆくよ

いい天気だったんですね。よかったです。 桜は、まだ、でしたか。

「嵐を呼ぶ女」なんて言って ごめんなさい。 怒ってみえますよね。

私の住む地方では、ようやく、昨日10日あたりから、
桜が満開になってきました。
しかし、今年は、連れて行ってやれそうにもないので、
ひとりで行って、写真を撮ってきました。

今日11日は、私の地方は、あの「春の嵐」以来の、本格的な雨降りです。
横殴りの雨が、ガラス窓に、たくさんの涙の玉を作っています。

♪雨 雨 降れ 降れ **さんが どこかへ行っちゃって **いな

これで、ガラスふきをしなくても済むかな。助かったよ。
甘いよね。乾いたら、この前の黄砂の汚れが浮き出してくるよね。
最近、車のフロントガラス かなり汚れるもんね。

しかし、雨降りは、私にとっては、いつも、絶対にいいことがおこるんだよね。

♪雨 雨 降れ 降れ もおっと降れ
♪私の いい人 連れて来い 

もう、深夜に起きている必要はないのに、長年の染みついた習慣のため、
なかなか眠れないんだよね。病院から電話かかってくるかもしれないしね。

孤独で静寂の世界の深夜は、とてつもなくさびしいので、ジャンク部品を寄せ集めて
自作したパソコンに、100円均一で買った、税込み105円のヘッドホンを繋いで、
あの人たちの歌を聴いていた。

3月であの放送なくなっちゃって投稿できなくなったので、
初めて公開のブログをつくった。

そのブログが、どの程度、検索エンジンに引っかかるか、調べてみようとして、
ブログの中の文章の1フレーズを使い、いくつもの検索をしていたら、

なんと、
あの 「ライア」というすてきな楽器と、あの番組のレポートをしていた、
横顔があの人に似ていた「北海道の**子」さんの写真にたどり着いた。
なんという巡り合わせだ。 と思った。

そのサイトは、あのすてきな音色を奏でる楽器を作ってみえる方のサイトだった。

その方のサイトには、あの楽器を作ってみえる方が、ご自身で演奏されている曲が、
3曲アップロードされていた。

その演奏を その音色を 聴いていたら 涙が出ちゃったよ。

「ラジオエフェクト」にしろ、古いレコードの 「針が醸しだすノイズ」にしろ、
その音の持つ「かおり」というか、「におい」というか、「色」というか 
そういうのって 音楽にとって、とても、大切な要素だよね。

そういう音=音色を聞くと 瞬時に、
その音を聞いた 「時代」・「場所」 に 連れていってくれるよね。
「タイムスリップ」 ・ 「プレーススリップ」 するよね。

そして、 気づくんだ。
一度、「その時代」に、「その場所」に スリップすると
「エフェクト」も「ノイズ」も、聞こえなくなるんだよね。

確かに、聴き始めは 違うんだけど、
一度、その「音間」=音の間を 漂い始めると
違いがわからなくなる。 というか 感じなくなるんだよね。

頭の中に流れている音は、
「その時代」の「その場所」の「生=なまの音」なんだよね。

** さんの録音した演奏についても同じことを感じたな。
** さんの録音した3つの録音=演奏は、確かに、録音機材。録音環境? が違うので、
最初は、違って聞こえるんだけれど、

一度その 「音間」=音の間を 漂い始めると
違いがわからなくなる。 というか 感じなくなるんだよね。

頭の中で、自動修正されて、「生=なま」の楽器の音が聞こえてるんだよね。
人間の脳には、そんな、本来の生の音を、吸い上げるというか、聴き出す能力が、
あるんじゃないかな。

例えば 自分の目の前に 広がる景色に 町並みがあり 道路があり そこには
バスが走り 青い空があり 白い雲があり 遠くに美しい山並みが広がり
バス停には あの人のような美しいおねえさんがバスを待っている。 とする

写真で撮影すれば それらのすべてが写る。そして私の網膜にも
それらすべてが映っているはずである。

しかし、私なら何を見るだろう。おそらく、私が見たい、*****だけを見て、
他のものは、何も見えていないだろう。

たべもの屋の店頭に、おいしそうな本日のランチの見本が出ていれば、
私なら、そのランチだけに目が行き、他のものは何も目に入らないことだろう。

人間の目=脳には、自分に都合のいいものだけを、自分の見たいものだけを見る
能力?がある。

これと同じで、人間の耳=脳にも、自分に都合のいいものだけを、
自分の聴きたいものだけを聴く能力?がある。

音のクオリティーを追求することは、大切だけど、そちらの方にだけ耳が傾くと、
大切な「音色」のクオリティーを見落としかねないんだよね。
レコードから、CDに変わったとき、クオリティーは上がったはずなのに、
何かが物足りなかったんだよね。


「演奏は心の窓」

** さんの演奏

演奏している人の楽器に寄せる 「思い」・「いたわり」
その曲に込めた 「思い」・「慈しみ」

"が" 伝わってきて 涙が でちゃったよ。

とても やさしくて澄んだすてきな 音色だね。
** さんの 「心の景色」 なんだよね。

すてきな楽器 すてきな音色 すてきな音間=音の間
そして、** さんの 「すてきな心」を ありがとう。

すばらしい演奏は、決して録音環境・録音機材なんかには、左右されないと
私は。思います。

古い音源で、雨あられの中の 「演奏」、「歌」であっても、

その「演奏」、「歌」が持っている 力・魅力があれは、

人間の脳には、本来の「生=なま」の演奏を、歌を、吸い出す、聴き出す能力があると思います。

音楽=音を楽しむ・音を味わう ことのできる人なら、誰でも そんな力・能力があるのではないでしょうか。

** さんの作られる楽器と ** さんの演奏には、
録音環境・録音機材なんかには、左右されない 力・魅力 があると私は思いました。

リズムでごまかさない 歌詞でごまかさない 過剰な伴奏でごまかさない

シンプルなメロディー 人や楽器が持つ 素の声 素の音 を超えられるものはないと私は思います。

「歌声」 や 「演奏」 には 「言葉」 では伝えられない その人の 「心の景色」 があるよね。




追記

私の再生環境は、ジャンク部品を寄せ集めて作った自作パソコンに、
100円均一で買った、105円のヘッドポンを、
パソコンのスピーカージャックに繋いで聴いています。

すばらしい音がします。

それでも、** さんに叱られるかな。

" 私の楽器を、私の演奏を、そんな安っぽい環境で聴いているのか。"  ってね。

それでもね。この105円のヘッドホン なんの調整機能も付いていないけど、

私の大好きな あの人や あの人や あの人の 歌 

私の大好きな あの人や あの人や あの人の 演奏 

あの人が、すぐそばにいるように聞こえるんですよ 。。。。。。。。。。。

まぎれもなく 素の歌声 楽器の素の音色 なんですよ 。。。。。。。。 

あの人って  誰かって             ないしょ 。。。。。。。。。。

  

   

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以上 24年4月14日に 掲載した文章です。  一部 加除修正して 復活しました。






















   

   
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