雪の日に 思い出すこと

 
2月14日 先日の雪がまだ残っているのに
また 雪が降った かなりの 大雪だ

雪の日には 思い出すことがある 
思い出すことが 二つある


ひとつは 『瞽女』 さんのこと

『瞽女』 さん について書いた文章は

このブログに 今年の 1月に 掲載した文章


   あの人を偲んで その1
   
    新宿の女 ~ 私の心の整理のための下書き ~
                         (2013年9月21日)



もう一つは 父の介護をしていたころ のこと


以下は そのころの 私が 坂の下の谷底の
介護の底なし沼に 沈み もがいていたころに 書いた文章です。

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深夜の雪の浜辺 ~ もう一人の **子 さん ~
                 (24年12月13日 以前のブログに掲載)



8日(土曜) 9日(日曜) と連続して、 あの人のブログが更新された。

その翌日の10日(月曜)は、北日本から西日本の日本海側を中心に大雪になった。

私の住む地方にも、かなりの積雪があった。
12月上旬の積雪は、十数年ぶりのようだ。


  ※ あの人が、大雪を連れてきた なんて 心の中で思っても
    私は口が裂けても言いませんよ。


「お天気あっちむいてほい」 の あの方が、勢力を強めているようだ。
昨年までは、あの方は あの人 と あの人 の女性陣ふたりに頭を押さえられて、
男1:女2 では、勝ち目 などなく 無茶はできなかった。

テンションを上げすぎて、つい口を滑らせ 軽はずみなことを言おうものなら、
その後に続く 沈黙 長いときは 数分寒=間 にも及ぶ 寒い寒い 沈黙。

もっとも この "Sound of Silence" を楽しんでいたリスナーさんたちも、
多かったようでは あるが。。。。。?

「沈黙は金なり」 でもあるしね。


あの放送から解き放たれた 今年は

「村上寒軍」 も、 のぶのぶ と 暴れ回りそうな気配だね。


大雪の日というと 昨年23年2月の あの日を思い出すね。




以下、23年2月21日に書いた文章を 一部加除修正して掲載します。


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深夜の雪の浜辺 ~ もう一人の **子 さん ~


ふたりの すてきな 「**子」 さん

もう一人の、すてきな 「**子」 さんは、この人だ。

昨年、あの放送のホームページの 「伝えたい歌・残したい歌」 のページをみていて、
「土居裕子」 さん という名前の人をみつけた。

知らない人だった。 この人のことを調べてみた。
まず、名前の 「裕子」 の読み方は、なんと読むんだろう。

 「ひろこ」 さん かな? 「**こ」 さん かな?

この人も 「**こ」 さん だった。

しかも、この人も 「おかあさんといっしょ」 ではないけれど、
かつて、NHKの違う番組の 「うたのおねえさん」 だったようだ。

「伝えたい歌・残したい歌」 の第1回目? に登録(放送「春の唄」2009/4/7)されているし、
「**こ」 さん という名前なので、きっとすてきな人だろうと思い、この人が歌っている歌を探してみた。

そして、この人の歌う すてきな歌をたくさんみつけた。
それらの歌の中にはすでに、 「伝えたい歌・残したい歌」 に登録されている歌も何曲かあった。
そうだよな。 いい歌だもんな。 すてきな歌声、すてきな歌い方、だもんな。 と 納得。

なかでも、 「ローレライ」 と、英語で歌う 「浜辺の歌」 がすてきだった。
アーティストの著作権を尊重して、 「****** Store」 で、これら数曲を購入した。

そして、私の 「残したい歌・残したい人」 のリストに登録した。

 私の 「残したい人」 リスト に、また 一人 増えた。
 私の 「残したい歌」 リスト に、また 数曲 歌が増えた。

「自分が主役」 の歌手は多いけれど、 「聴く人を主役」 にして歌ってくれる歌手は、日本では少ない。

「聴く人が主役」 なんだということを、はっきり自覚して歌っている歌手となるとさらに少なくなる。

「うたのおねえさん」 に、すてきな歌手が多いのは、立場上?、 「聴く人が主役」 だ ということを
はっきり、 "自覚して" 歌わないといけないからではないかと思う。

「聴く人を主役」 にできる "やさしさ" "包容力" がないと そういう歌い方はできない。

「聴く人を主役」 にできる "やさしさ" "包容力" がないと そういう歌い方はできないし、
そういう歌い方ができないと 「うたのおねえさん」 は、務まらない。


20日(月曜)父を、3泊4日のショートステイに送り出した。
1日3回以上の下の世話 等々の介護から解放される 「つかの間のしあわせ」 になるはずだったが、
その期待は。虚しくうち砕かれた。

朝、おむつを交換して、着替えさせて、車いすに座らせて、苦労をして送り出したその日の午後、
施設から電話が入った。

熱が39度を超えたので、病院に連れて行って欲しい との電話であった。
病院に行こうとして外に出たら、すごい大雪であった。 すごい吹雪であった。
ノーマルタイヤで大丈夫だろうかと、不安がよぎった。
施設の方で、病院まで送ってくれることになって、病院で父を引き取り受診した。 病院は混んでいた。
インフルエンザの検査などをして、診察が終わったのは、午後7時をはるかに過ぎていた。
雪は大丈夫だろうか。

父は歩けないので、帰りは介護タクシーを呼んで帰宅した。
雪のためか、なかなか迎えにきてくれなかった。
3時間以上駐車していたので、自分の車にも、すごく雪が積もっていた、雪を落とすのに苦労した。

すでに診察時間は終わったのに、病院を閉めずに、優しい看護士さんたちは、
いっしょに介護タクシーが到着するのを待ってくれた。

看護士さんたちも大雪なので、早く帰宅したいだろうに と思うと本当に申し訳ない気持ちだった。

ここの病院の看護士さんや受付の人は、みなさん、本当にやさしいのだ。
このやさしさに、これまでも、どれだけ救われたことか。

一人で、父母を介護することは、体力の限界との戦いであり、孤独との戦いでもあるのだ。

人間というのは、体力の限界を超えると、正常な判断ができにくくなるのだ。
人の道を踏み外すかどうかの分かれ道は、その人が、こういうやさしさに出会えたかどうかで決まるのだ。

家の近くの坂道を上れるか心配であったが、少し滑りながらも何とか家までたどり着いた。
今度は、車庫に入るときに、 少し段差があるので、タイヤが空回りをして、入庫できない。
やむなく、少し前進してから、はずみをつけてバックして、何とか車庫入れできた。

一人で苦労して父を車いすから降ろし、布団に寝かせることができたのは、午後8時過ぎであった。

夕食前に家を出たので、留守番させておいた認知症の母に夕食を作り食べさせたり、
片づけやら、施設にお礼かたがた、報告の電話をしたりしていたら、すでに日にちが変わっていた。

少し楽をさせてもらえるはずのショートステイは、悲劇の 「魔のショートステイ」 になった。
やはり、今年も昨年に続き最悪の年になるのだろうか。

疲れた、精神的にも肉体的にも、本当にその日は疲れた。
介護に疲れたときは、人の道を踏み外さないように、私は歌を聴くことにしている。

その日は、
少し前に出会った、もう一人の 「**こ」 さん の英語の 「浜辺の歌」 を聴くことにした。

雪の積もった深夜に聴いた、もう一人の 「**こ」 さん の英語の 「浜辺の歌」 はすてきだった。

もう一人の 「**こ」 さん のやさしい歌を聴きながら 「深夜の雪の浜辺」 を彷徨っていたら、
不思議と疲れた切った心が癒された。優しい気持ちになれた。
くじけずに明日からも、がんばろうという気持ちになれた。

もう一人の 「**こ」 さん の英語の 「浜辺の歌」は、私にとっては、 「ゆりかごの歌」 だ。

もう一人のすてきな 「**こ」 さん に出会わせてくれた 「**こ」 さん ありがとう。



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以上 3年前の 23年2月21日に書いた文章です。
一部加除修正して掲載しました。








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追記 26年2月14日

先日の 大雪の日 雪のおねえさん の ゆき子さん やはり ブログに姿を見せ
雪かきをしたと 書いてみえたね 。。。。  『嵐の女神』 。。。  『雪の妖精』 さん

雪は いろいろな 思い出を 。。  いろいろな 想いを 連れてくる 。。。。。










































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