あの人を偲んで その4 『あの人の 出世街道の 一ぽんどっこ』

   
あの人を偲んで その4

   『あの人の 出世街道の 一ぽんどっこ』



以下の文章は、以前のブログ 「ラジオビタミン ”投降” サイト」 に                    

2013年10月18日に掲載した文章です。
…………………………………………………………………………………………………………
 
あの人の 歌う 「出世街道」を聴きながら
あの人と会話した。

出るは 針のむしろ
出ないも 針の山

あの人は 偲ぶ会の前日に 空に飛んだ。。。。

おそらく
人一倍 義理人情の 強かった
彼女は 自分を
この世に送り出してくれた  恩師?。
かつて 自分と戦ってくれた 恩師?。
自分といっしょに戦ってきた 同志?。

の 葬儀 には出たかったのだろう?。 と 
私は 思うのである。

新宿時代にお世話になった恩師の母の葬儀の時には、
ひっそりと現れ、涙を流した彼女のことだ。

きっと きっと 恩師の 葬儀 にも出たかったのだろう?。

と 

私は 思うのである。

しかし、外国での事件で さわがれ。
そして、最近、人前に姿を見せていなかった自分が、
突然? 葬儀に姿を現せば 葬儀がどうなるか。

恩師の葬儀をぐちゃぐちゃに してしまう。
マスコミから姿を消していた自分が
人前に 葬儀に 姿を現したら どうなるかは。
聡明な彼女には 目に見えていたのだろう。

そして マスコミに集中砲火を浴び
さらに 葬儀後も しばらくの期間は、
あることないことを書き立てられ続けることになる。。ことは。
あの世界に長く身を置いてきた者として、
これまでも いやというほど味わってきただろうから。。。。

そして、そのことで自分が傷つくことになる
というよりも、自分のためというより は。

そのことが 恩師や家族の心を傷つける
ことになることの方が 人一倍の心配りの彼女には、
そちらの方が 忍びなかったのだろう。。。
そう思うと 出席できなかったのだろう。?



私は 思うのである。

娘さんの コメントにあったように

彼女は 自宅で 静かに
恩師を見送ってやる選択をしたのだろう。
誰にも迷惑をかけず 
静かに 恩師を見送ってやりたかったのだろう。

しかし、心ない マスコミ=増すゴミは、
葬儀に顔を出さなかった彼女のことを
どういう 恩知らずだ。
なんという 恩知らずだ。 と

これでもか これでもか と

母の時も 恩師の時も
かき立てた。 書きたてた。 書きはやした。

その経験から彼女は
苦汁の決断として 偲ぶ会には 出る決心 をしていた。
一部の人には、出席すると話していたそうだ。

貧しい家庭に生まれた 歌のうまかった少女は、
幼いころから 両親に連れられ、その歌で
旅芸人として旅回りして その収入で、一家を支えてきた。
彼女にとって 自分の歌は、家族が生きるためのものだった。
歌は 商売道具。  歌うことは 商売 だった。

彼女は 幼い頃から プロの歌手だったのである。

もう、この歳でプロの歌手としての意識・自覚・自負が
あったのだろうと思う。

その頃歌った 十八番? の ひとつに
畠山みどりさんの 「出世街道」 があったそうです。

この男気? のある歌が この少女は
きっと 好きだった?。
のだろう と 私は 思う。

♪ やるぞみておれ 口には出さず
♪ 腹におさめた 一途な夢を

食べるものにも困り 空腹を抱えて
ひもじい思い の 連続だった? 家族に
腹一杯 食べられる生活をさせてあげたい。
というのが 心の優し少女の 一途な夢だった。?

夢であり。 決意だった。

♪ 曲げてなるかよ くじけちゃならぬ
♪ どうせこの世は 一ぽんどっこ

彼女は ずーと長い間 決して口には出さず
やるぞみておれ と 腹におさめて 決してゆらぐことなく 
くじけちゃならぬ と がんばってきたの だろう。?

その決意は 言葉ではなく あのドスの利いた
鬼気迫るような あの迫力ある 歌声として
後々の歌に にじみだしていった。?

※ 「一ぽんどっこ」 という言葉は
  ひとつは 仏教の言葉として 。。。。。。
  ひとつは 極道の世界?の言葉として 。。。。。
  の 意味があるようです。

彼女が 偲ぶ会の前日に 空に舞ったときには

彼女の心には 幼い頃に プロの旅芸人として、
家族の生活のために、何度も歌ってきた。

彼女がよく口にする 無心に 歌ってきた。

この歌 が流れていたのではないでしょうか。?

そして、

♪ 他人に好かれて いい子になって
♪ 落ちて行くときゃ 独りじゃないか
♪ おれの墓場は おいらがさがす
♪ そうだその気で ゆこうじゃないか



彼女は 最後の自分の
終末を。  修末を。  締めくくったのだと 。

私には 思えるのである。

一本どっこの 孤高の人らしい 終末・修末 だ。


♪ あの娘ばかりが 花ではないさ
♪ 出世街道 色恋なしだ
♪ 泣くな怒るな こらえてすてろ
♪ 明日も嵐が 待ってるものを

どんな嵐が待っていようと
泣かず 怒らず こらえてすて続けてきた 彼女。

新宿でお世話になっていた
恩師のお母さんが亡くなったのを期に

これまで 長い間に ずーっとずーっと ため込んできた 雨が。。

ため込みすぎた雨が。。

ため込みすぎた雨が。。 雨が。。 雨が。。 雨が。。

雨が。。 ついに あふれ出して。

山の崩落が 始まっていたのでしょうか。?

彼女の心の崩落が始まっていたのでしょうか。。。。。。

泣かず 怒らず こらえてすて 続けることが
できなくなって いたのだと思う。

その矛先は 大好きだった 
実の母 ご主人 娘さん に向けられていった。

大好きだった家族に向けられた。
それは 大好きな家族への 甘えだった。

それを制御するには そんな自分を制御するには

あまりにも 長い間こらえて
大量の雨を ためこみすぎて いたので 難しかった。
のでは。。なかろうか。。。。。。

その雨は 彼女に降り注いだ 雨だけではなく
瞽女さんの長年の歴史で 瞽女さん が ため込んできた 雨も
彼女は引き継いで 含まれたいたように思えるのである。

そして、この大量の 行き場のない雨は
娘さんの 心にも降り注いでいると 思うのである。

この負の連鎖を どう断ち切るか。
どう乗り越えるかは 娘さんの 宇多田ヒカルさん の
課題なんだろうと 思う。



なぜ恩師?の偲ぶ会の前日に、自らの命を絶ったのか。

なぜ 『前日』 だったのだろうか?

母の葬儀も 恩師の葬儀も 出席せず 
人前から姿を消していた自分が
姿を現したら マスコミの集中砲火を浴びることは
目に見えている。
偲ぶ会をぐちゃぐちゃに してしまう。

♪ 男のぞみを つらぬく時にゃ
♪ 敵は百万 こちらはひとり
♪ なんの世間は こわくはないが
♪ おれはあの娘の 涙がつらい

きっと 彼女は
自分が顔を出すことは 怖くなかった? けれど
自分が顔を出すことに よって
主役が 恩師ではなく 自分になってしまい
偲ぶ会がぐちゃぐちゃになって
あの人=恩師=同志 が 悲しむ。  涙を流す。 ことが
つらかったのだろう。

そして、顔を出さなかったら、ださなないで、
どういう恩知らずと 書き立てられることも目に見えている。

そうなれば 大好きな。 大切な。
娘さんが。
元ご主人(書類上では別れても、心の中では永遠にご主人)が。
傷つき 悲しむ 苦しむ ことが 忍びなかったのだろう。

出るも 針の山
出ないのも 針の山
どうすりゃいいのさ この***

長い年月で荒廃しきった心に
もうすでに 受け止めきれないだけの 雨をため込んだ。
彼女のこころは ついに 山ごと崩落 したのだろう。

ああいう形で マスコミの前? に
姿を現す ことで 自分の存在を表して
偲ぶ会に 参加したのではないだろうか。

ああいう方法 ”でしか” 恩師に恩義を示すことは
できなかったのだろう。

空に飛ぶのは
当日では 大騒ぎになり 偲ぶ会を混乱させるので ダメだし、

あまり早いと 偲ぶ会までの期間がありすぎると、
これまた、マスコミに、あることないこと書き立てられ、
偲ぶ会を 恩師を 汚すことになる。 ので、 ダメだ。

空に飛ぶのは やはり 

前日のあの日 ”しか” 
前日のあの日 ”でしか” 

なかったのではないかと
私は 思うのである。

そして、ひっそりと みんなに気づかれず
空に飛んだのでは、
やはり 偲ぶ会に参加したことにはならない。 

ああいう方法でしか 『新宿』 にいる自分の存在を示すことが
できなかった。
恩師に恩義を示すには あの方法しかなかったのでは ”と”
私には 思えるのである。


しかし、
彼女の満たされぬ心の闇 は。
いやされぬ心の傷 は。
とうとう埋め尽くされる事がなかった。

のだろう か?

私は そうは 思わない。

♪ 他人に好かれて いい子になって
♪ 落ちて行くときゃ 独りじゃないか
♪ おれの墓場は おいらがさがす
♪ そうだその気で ゆこうじゃないか

と 思い。

彼女は 最後の自分の
終末を。  修末を。  締めくくったのだと

私には 思えるのである。

一本どっこの 孤高の人らしい 終末・修末 だ。

終末・修末 であった。



追記

『純子の出世街道』

歌手 阿部純子・藤圭子・藤圭似子・竹山純子・RA U・宇多田純子
元作詞 星野哲郎
元詩の解釈・改作 日本のどこかのだれか
作曲 市川昭介
編曲・伴奏 母 竹山澄子
バックコーラス 宇多田ヒカル
プロデュース U3

やるぞみておれ 口には出さず
腹におさめた 一途な夢を
曲げてなるかよ くじけちゃならぬ
どうせこの世は 一ぽんどっこ

女のぞみを つらぬく時にゃ
敵は百万 こちらはひとり
なんの世間は こわくはないが
あたしはあなたの 涙がつらい

他人に好かれて いい子になって
落ちて行くときゃ 独りじゃないか
私の墓場は あたしがさがす
そうだその気で ゆこうじゃないか

あの人ばかりが 花ではないさ
出世街道 色恋なしだ
泣くな怒るな こらえてすてろ
明日も嵐が 待ってるものを


この文章のBGMは、阿部純子さんの 『純子の出世街道』にしました。

お空の 純ちゃんに報告したら そんな著作権侵害の歌詞で歌えるか って
馬鹿にするんじゃないわよ。 ふざけるな。
赤の他人のあんたに 馴れ馴れしく 純ちゃん なんて呼ばれたくないわよ
って 叱られちゃったので
BGMをつけるのは止めにしました。


彼女の この歌は デビュー後に録音されたものですが、

この歌には 旅芸人として
大好きだったお母さんの三味線の伴奏で歌っていたころの
彼女の 純ちゃんの 幼い少女の時代の声が。。。
私には なぜか 混じって 聴こえてきました。。。。。。。。。。。。。。。。。。






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