あの人を偲んで その1                                           『新宿の女 ~私の心の整理のための下書き~』

    
あの人を偲んで その1

   『新宿の女 ~私の心の整理のための下書き~』



以下の文章は、以前のブログ 「ラジオビタミン "投降" サイト」 に                    

2013年9月21日に掲載した文章です。
…………………………………………………………………………………………………………

8月22日

「新宿の女」 が 亡くなった。

私は ニュース で 「新宿」 という言葉を 
聞いたり 映像を見たり 活字を見ると どうしても 過剰反応? してしまいます。

なぜだかは わかりません。 ※ 本当は わかっています。

モロゾフの条件反射? 私はチョコレートみても、よだれ は出ません。

「新宿の女」 といっても あの人 ではありません。 あの人 です。


私は いつも 「雨の日の夜」 には 「すてきな夢」 がひらくけれど


「なめくじ男の夢は夜ひらく」


あの人の夢は とうとう開かずじまいだったのだろうか?

今日は、一郎ちゃん の大記録達成より

こちらのニュースの方が、私の心を大きく奪った。

一郎ちゃん ごめんね。



若いころの私は 歌謡曲も演歌も 
商業音楽? "を" "は" 生理的に受け付けなかったので、
この人には興味はなかったのだが.....

日本人形のような? 知的で 端正な かわいい顔? 潤んだ瞳?

とは 似つかわない あのドスの利いた声。

あの若さで 人生の黄昏をむかえた人のような えもいわれぬ悲哀?

"が" "は" どこから来るのか? どこから来たのか?

当時 気になっていた。



私は、20代中頃に 音楽の鎖国体制に入ってから数十年にわたって、
ずーと 長い 長い 音楽の鎖国を続けていた。

ので

そんな疑問も忘れていたのだが。

私が、音楽の開国に踏み切ったのは、ほんの数年前のことである。

そのあたりのことを語り出すと とても収拾がつきそうにもないので、
今回は、止めておきます。


鎖国時代が長かった故に、開国後には、インターネットの発達も相まって
怒濤のごとく、色々な音楽が私の心に流れ込んできた。

多くの 過去の人との再会があった。
新たな人との出会い も たくさんあった。

そして、忘れていたいくつかの疑問も解決することができた。


あの人のお母さんは 「瞽女(ごぜ)」さん だったということは
今回 初めて知った。

あの人の えもいわれぬ悲哀? についての謎も

以前、

この人のことを調べていて、岩手生まれ? 北海道育ち?



この人の人生は決して恵まれたものではなかった
ということを知って妙に納得したものだ。

まさに この人の歌った歌詞のようだなと思った。

「瞳は心の窓」 「歌声も心の窓」 この人の歌声から
見えていた 感じられた この人の 「心の景色」 どおりであった。

どうしても こういう人生の終わり方をみると 4年前に亡くなった
あの人を 思い出してしまうんだよね。

そして、引きずっていたものが、蘇ってしまうんだよね。



おっと 脱線しそうなので 話を元に戻して

あの人の夢は とうとう開かずじまいだったのだろうか?

夜は冷たかった のかな。
だまされちゃって バカ だったのかな。

病んだ心のしずくのような
地面に残った濡れた跡が、もの悲しさをさそった。。。。。。


お瞽女(ごぜ)さん というと。

私が、お瞽女さん のことを初めて知ったのは、
若いころ見ていた深夜放送? であった。

しんしんと雪の降る 雪深い道を 数人の女性が一列に連なって歩く光景。

自分の前の女性の肩に手を置いて、また、ある女性は前の女性に手を引かれて歩く姿。

先頭は、わずかに目の見える女性がリードして歩くのだ。

なんの娯楽もなっかった当時の貧しい村々をまわって、
わずかばかりの施しをもらって生活=生きてきた人たちなのだ。

おとづれた村で 津軽三味線の伴奏で歌われた歌。

あの 『雪景色の光景』 と
あの 『津軽三味線と歌声』 の えもいわれぬ 『音』 『音色』 は 衝撃であった。


あの貧しい時代に、目が見えないという障害を持った人たちには、
旅芸人? として、
三味線や歌を覚えることが、『生』 を確保できる数少ない選択肢だったのだろう。
そして、人情の厚い地域だから こそ 成り立つ生活スタイルだったのだろう。

そして、おそらく あの時代においても、
いい人たち ばかり では、なかっただろうから、
お瞽女さんたちは だまされて 「慰み者」 に されたケースも
少なからずあったのだろう。

お瞽女さんだった? お母さんといっしょに小さいころから、各地を巡って、
歌を歌ってきた あの人
おそらく 毎日、学校に通うこともままならなかったのであるろう。

そんな あの人の 心には どんな景色が広がっていたのだろう。

あの若さで 人生の黄昏をむかえた人のような えもいわれぬ悲哀?
の ルーツが みえたように も? 思えたのである。

商業音楽の世界で 花開いたようにみえた 姿は虚像で

あの人の歌こそが あの人の 正直な 心の景色だったように
私には 思えるのである。

商業音楽の あだ花 にもかかわらず。

それゆえに その正直さ故に 多くの人の 心を
つかむ歌が歌えたのかもしれない。

その人の人生からにじみ出す歌は 心を打つ。

路面に残った しみのあと
商業音楽? の 悲哀が ..........................................


いろいろな 想いが 頭の中を 駆け巡る 悲しいできごとであった。


あの人は 娘さんには、自分のような歌は勧めなかったようである。
私は、今回の事件後、初めて娘さんの歌を聴いた。

若いころの歌は あの人の歌とは かなり違っていたけれど。
最近の歌には お母さんの かおり が色濃く? 出ていたのが
気になった。

我が国の灯台より、はるかに世界ランクの高い?
アメリカの大学出身? の娘さんの コメントを読むと
心の内面の深さ 情の深さが 感じられる文章であった。

心の のりしろ の少ない知的で、感性の豊かな まじめな人が落ちいる
あの人のような 過ちの 負の連鎖 を繰り返さないことを祈るばかりである。



追記

あの人の 「長期療養」 と ともに
この人の 「悲しい旅立ち」 も
あれ以来 私は 引きずっていた。

二鈴のお花さん の あの人 と あの人の

大切な人の 空への旅立ちの すてきな文章を読んだら、
私なりに この問題についても 心の整理を してみる気になった。

この文章は、論文ではないので、当然、きちんとした検証などはしていない。
断片的にえられた 情報? をもとにした 
あの人の 「歌声」 から 私が 「推測」 したものである。

あくまでもこの文章の目的は、私自身の 『心の整理』 が目的である。

それでも、
「下書きの下書きの下書きの下書きの またいつか」 だった文章を、

「下書きの下書きの 続きは またいつか」 ぐらいには 発展させることが

できたのでは、ないかと思っている。


そして、すてきな 「空への旅立ちの」 文章で、
私に、この文章を書く 『勇気』 を 与えて下さった 『二鈴のお花』さん
たちには 感謝している。

この文章は、前回の 「二鈴のすてきな花」 の文章の続きとして
書いていた文章である。



追記2

「**の夢は夜ひらく」 は、歌い方によっては、「Gloomy Sunday」
と よく似ているなとあらためて思った。

特にあの人のバージョンは、「Gloomy Sunday」と似ていると思った。

「Gloomy Sunday」 は、多くの人がカバーしているけれど、
以前、見つけた中国の人のバージョンが、すごく悲しそうな歌だったので、
調べてみたら ..................................................


この文章のBGMは この人の 「Gloomy Sunday」 にしようかなと
迷ったが、あまりにも 悲しく 怖い歌 でもあるので 止めた。


この文章のBGMは、
アントニンおじさんの作曲した交響曲の有名なフレーズに
歌詞を付けた 「Going Home」 にした。

世界の多くの人が歌っているけれど、「***** *****」さんが、13歳?の時に
歌ったバージョンにした。

この人の この歌を BGM に 選んだのは。

私は この少女の 素直な声の出し方 素直な歌い方が すきなのだ。

そして 旅立った あの人の歌声の中にも この人の歌声と同じ かおり
が したからでもある。

「**の夢は夜ひらく」 は あの人にとって
「Going Home」 の 歌だったように 思えるのである。 


あの人 天国で あたたかい家庭に 帰れるといいですね。






小さいけれど、やさしく寄り添う あたたかな家庭のような花


手向けの花












関連リンク


 あの人を偲んで その1
   
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